幼き日に想いを馳せて

生まれた時から、私は定年近くになるこの時まで。皆さんも小さい時の記憶はどれくらい遡れるのでしょう。

現在は様々な記憶媒体があり、その情報を通して蘇るものが多くあると思います。60年前は、ほとんど写真も少なく私の記憶は遠い景色の中で脳裏に焼き付いたものが、時々映像のように浮かび上がります。


 その中で、一番古い記憶は2歳の時です。当時は病院ではなく家庭での出産でしたが、母が離れの部屋で2才下の弟を産み、父が弟の生まれたことを知らせてくれました。オギャーという声とその声の方向に、顔を向けている私自身を、今もはっきりと覚えています。

3・4歳の記憶はあまりなく、5歳になって幼稚園へ行くようになった頃からよりはっきりと、思い出すことが増えています。今でこそ、通園バスや両親の送り迎えが当たりまえのようですが、私は1年保育を、電車で通いました。阪急電車で4駅ほど終点まで向かうのですが、途中の駅から年中さんが数人乗り込んで、4・5人で終点駅を降り10分は徒歩で向かって幼稚園に行ったのを覚えています。年長の私は、2人ずつ手を繋ぐように促し、毎日通っておりました。ですが、帰りの終点駅から乗り込む際には、必ず車掌さんのところまで行き、「○○駅、止まりますか」と聞いて、「止まります」の声を聞いて初めて安心していたのも、「各駅停車・快速電車」の意味がよくわからなかったからでしょう。小学校の生徒が電車通学しているのは、最近でもずっと見かけますが、60年前、幼稚園への電車通園は珍しかったと思います。父からも母からも「気を付けて、行くのよ」とは注意を受けていたとは思いますが、ある意味呑気な時代だったのでしょう。


昨今では、とても考えられないことですが、早くからの自立心は芽生えていたかと、穏やかだった社会にも、両親にも感謝しています。

「はじめてのおつかい」というテレビ番組がありますが、親も子どもも不安を隠せないままおつかいが始まり、子どものふだんの生活の中で、繰り返し体験していたんだろうと思われることが、困難をものともせず完結していく力として見せられた時、テレビの中のゲストも、視聴者の私たちも涙と共に、感動を共有しています。

自分の力を信じることが出来、認められた時にはじめて、人間は生きていけるのでしょうね。どこまでも、子ども達を応援できる大人として、私たちも大きい心と優しいことばを生み出せるように、生きていきたいものです。


優しいことばを生み出せるようになるには、子どもも大人もお気に入りの絵本や詩人を見つけ、いつもそばにおいて声を出して読み続けられるといいですね。

昔、NHKの「お話出てこい」や「うたのおばさん」のラジオ番組から聞こえてきた声や音楽は、ずっと忘れられないものとして今も心に聞こえてきます。


 詩人の「まど・みちお」さんは、今年の2014年2月28日に104歳で、亡くなられました。どんな年代のどんな人も口ずさめる「ぞうさん」の作詩者です。

自然(春・夏・秋・冬・雨・風・海・川・木・虹・山・じめん等々)、

動物(ぞう・けむし・かまきり・ミミズ・カニ・ねずみ・ワニ・オウム等々)、

植物(どんぐり・だいこん・いねかり・きくのはな・りんご・みかん・ドロップス・アップルパイ・やきいも等々)を含め、まど・みちお全集には、きりがないほど楽しいことばが埋め尽くされています。

まどさんの出身地、山口県周南市の周南市美術博物館には、まどさんにいつでもあえる場所として「まど・みちお」コーナーが、104年前のお誕生日である11月16日にオープンしています。是非、出かけてみてください。

わたくしの大好きなまどさんの詩を紹介しておきます。どうぞ、口ずさんで見てください。              


めがでる

めがでる めがでる め め め 

つちにも えだにも め め め

みどりの みどりの め め め  

ひかれよ ふとれよ  め め め

Author:大阪樟蔭女子大学 児童学科   准教授  藤本いく代

大阪樟蔭女子大学学芸学部児童学科を卒業後、母校の音楽体育研究室に勤務。
その後、樟蔭女子短期大学勤務を経て、現在大阪樟蔭女子大学児童学部児童学科に勤務。
ここ十数年は、「まど・みちお」の詩に魅せられ、曲作りを続けている。

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