私と子どもの「いい加減」な関係

〈今の生活〉
 私の家庭は夫婦と中1と中3の二人の男の子の4人家族です。夫婦共働きで、二人とも仕事に追われる日々を送っています。妻は土・日も出勤することが多いです。私も休日は疲れがたまりグッタリしているか、日頃消化できていない仕事をしているかといった有り様です。なので、親子のふれあう時間が大変少ないというのが現状です。
 「これではいけない・・・。ワークライフバランスを何とかしなくてはsign01と思う日々が続いていますが、「うーん、なかなか改善できないっweepというのが現実です。
 ならば、「親と子が共に過ごせる短い時間を意味あるものにしなくてはと、自分に言い聞かせるのでありました。とは言うものの、自分の心にゆとりのない時は、ちょっとしたことが気にさわって、子どもに当たり散らすこともありました。


〈アイヌの人たちに学ぶ〉
 アイヌの人たちの昔の生活について聞いたことがあります。冬は、雪で家が閉ざされ、外に出ることができず家の中だけで過ごす退屈な日々が続くそうです。そんな時、大人たちは、子どもをじっと観察して、大人が思いもつかない滑稽な振る舞いや行動を楽しみ笑っていたそうです。この話を聞いて、アイヌの人たちの子どもを見つめる眼差しの優しさを感じました。私も、こんな眼差しで子どもたちを見ていたいと思いました。


 我が家の二人の子どもは、当たり前のことと思いますが、性格や行動パターンは全く違います。


 上の子は一つのことを根気よく続けるという性質があります。今は、電子ピアノで同じ曲ばかり何度も連続して弾いています。初めはよいのですが、終いには「もうやめてくれ」と思ってしまいます。しかし、本人は飽き足らず、ずっと弾き続けるのです。

思い返すと、保育園に通っていた時も、一日中、園庭に溝を掘り続け、何十メートルにもなったということがありました(それを埋める保育士さんは大変だったろう)。また、毛糸の手編み遊びを延々と続け、やはり十数メートルにもなったということがありました(よくそれだけ毛糸があったものです)。今も、本人が納得するまで遊ばせてくれた保育園に感謝しています。


 下の子は、機械や道具に興味津々で、小学生の頃から興味のあるテレビ番組をことごとくタイマー録画して、親のいない時は、そればかり見て楽しんでいます。おかげで成績は・・・wobbly。そう言えば、ハイハイができるようになって、流し台の下の物入れや引き出しを開けては中にある道具を引っ張り出し、興味津々でさわっていたものです。また、いつも弟にだけは傍若無人な上の子にひどい目に遭わされていましたので、大人に取り入るのが上手く、兄を陥れるのが得意でした。


 こんなふうに、私も、アイヌの人たちのように、違った個性をもつ子どもを楽しんで見ているのですが、普段から子どもに対する「あなたたちが大切だ」という正直な気持ちは、直接、言葉や行動で示しています。これからも肩肘張らずに、「いい加減」に子どもとかかわっていこうと思っています。


〈最後に少しは教訓的な話〉
 上の子は、小さい頃「えー?」とよく言いました。下の子は、少し前から「ちょっと待って」とよく言います。なんだか言い方が子どもらしくありません。
 「何だろう、この言い方は?」「子どもらしくない変な言い方だsign01と思いました。少し考えました。そして、気がつきました。「なにっsign02もしかして・・・?」これは私の物言いだ。


 その時、ドロシー・ロー・ノルトさんの「子は親の鏡」という詩が、私の頭をよぎりました。まさに私の姿が、子どもを鏡にして映っているではないかと…despair
この詩は、普段の親の姿が、良くも悪くも、子どもに影響を与えてしまうということを教えてくれます。
 みなさんも是非、読んでみてください。子育てをする上で大変参考になると思います。「イライラして、子どもに当たり散らしてはいけないっsign01私はこれからも、この詩を肝に銘じて、子育てを楽しもうと思います。

Author:奈良県人権・地域教育課 九鬼立明

たまに「星のおじさん」として、地域の子どもたちに星空ガイドをすることがあります。

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